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U研究所 発酵研究アバウトメモ 1 (文責: U研究所・小川研究員)
※ 本文のほとんどは、参考リンクの抄訳です。

ワインの有機酸、果実のワイン

酸 度調整は必要か?
主な有機酸
TA と pH (総有機酸量と水素イオン濃度)
SO2 と pH

ぶどう以外の果実で作るワイン
果 実に含まれる主な有機酸
ワ イン別/目標酸度

酸 度調整方法とそれぞれの特徴 酸度を上げる/酸度を下げる
有機酸の味の違い

備忘メモ
参考リンク


酸度調整は必要か?

主な有機酸

ワインに含まれる酸は弱酸ばかりだが、そのなかでも強いものと弱いものがある。酸の強弱は水溶液中でイオン分解する割合が高いか低いかで決まり、ワインの 有機酸の中では酒石酸が最も強い酸である。

主な共通有機酸(ぶどう)
酸の種類
酸の含量(g/L)
酒石酸
1〜5
リンゴ酸
1〜4
シュウ酸
0.4〜1
乳酸
0.1〜1
クエン酸
0.04〜0.7
酢酸
0.05〜0.5

 ぶどうワインのTAは、普通、0.55〜0.85。発酵前果汁のTAは、0.65〜0.85。

 酒石酸、リンゴ酸は、ぶどう果実に元々含まれているもので、シュウ酸、乳酸、クエン酸、酢酸は、微生物の発酵で生成されたもの。
 酒石酸、シュウ酸は微生物に利用されることが少ない安定した酸である。リンゴ酸、クエン酸、乳酸は、微生物に利用されやすい不安定な酸なので、長期保存 用(2年以上の保存を前提とするなど)の場合は、この点に注意して対策を施す。
 ぶどうの場合、寒冷地のぶどうは酸を多く含み(すっぱい)、温暖地のぶどうは酸が少ない(甘い)。バランスのとれたワインを造るために、温暖地のワイナ リーでは初期果汁に酒石酸を加え、寒冷地ではMLFを行って酸味を下げることが多い。

酒石酸: 酒石酸を含む果実の種類は少なく、ワインに使われる果物の中ではぶどうに固有の有機酸とも言える。完熟ぶどうの有機酸のうち1/2〜2/3が酒 石酸。ワインの酸味は、ほぼ酒石酸の味である。生物学的安定性と長期保存性に寄与する。ぶどうが熟していく過程で酒石酸の分量は安定しているが、ワインの 発酵プロセスではカリウムイオンやカルシウムイオンと容易に結びついて塩となり、徐々に減っていく。古いワインになると元の量の2/3くらいまで減少す る。

リンゴ酸: 各種の果物に存在する有機酸。青リンゴの酸味がリンゴ酸。生物学的に不安定な酸のひとつで、数種類のワイン細菌のえさになる。発酵過程で約 15%が利用されて消失する。リンゴ酸はぶどうが熟す過程で減少し、温暖地の完熟ぶどうには少ししか含まれていない。逆に寒冷地の完熟ぶどうには多すぎる リンゴ酸が残るので、MLF処理して酸味を和らげる。温暖地ではMLFが起きて少ない酸がより弱くなってしまわないよう、MLF防止対策をとる。工業的に は除菌フィルターを使ってバクテリアを除去してしまうが、家庭用なら少量のフマル酸を添加すればML菌の活動を阻害することができる。

クエン酸: 正常なぶどう果実のクエン酸量は少なく、約5%である。微生物に利用されやすい酸であり、乳酸や酢酸に転換される。過剰な酢酸の生成はワイン 醸造者の脅威であり、クエン酸がぶどうマストの酸度調整に使われないのは、クエン酸から酢酸への発酵を恐れるためだ。 それでも、白ワイン、blushワインについてはクエン酸添加による味の向上があるので、酢酸生成リスクが減るclarification / stabilization の後に少量を加えることが多い。クエン酸の味が合わない赤ワインでは、酢酸生成リスクの方が大きくなるため、使われない。

シュウ酸: 酵母が生成する酸で、アルコール発酵に伴って増加する。発酵飲料に特有の風味を与える。安定度の高い酸。

乳酸: ぶどう果実にはごく少量しか含まれない。発酵生成される乳酸には3種類あり、糖類から酵母が生成するもの、リンゴ酸からMLバクテリアが生成する もの、糖類から乳酸菌によって生成されるもの。乳酸菌の乳酸生成はワインの酸廃として恐れられていたがSO2添加が一般的になってからは問題ではなくなっ た。

酢酸: 他の有機酸は不揮発性の酸だが、酢酸には揮発性があり強い臭気を発する酸である。ぶどう果実にはごく少量しか含まれないが、4つの方法で生成され る。アルコール発酵中に酵母が生成する、ML発酵中に生成される、発酵力の弱いマストで乳酸菌が残留糖分を酢酸に転換する、酢酸菌がエタノールを酢酸に転 換する。このうち、酢酸菌の作用は酸素が大量に存在する場合にしか起きない。「ワインに空気を巻き込まないように」という再三の注意は酢酸菌の活動を予防 するためのものである。

有機酸塩: 液中のカリウムやカルシウムと結合した酒石酸が長い時間をかけて析出する。白系ワインでは濁りが生じたりガラス小片と間違えられることがあ る。その ため、産業的には、数週間-3℃に静置するcold stabilization(冷却固定)で除去するが、見た目を気にしない家庭用ならこの過程は不要。


TA (総有機酸量) と pH (水素イオン濃度)

TA(総有機酸量)は、ワインに含まれる有機酸の総量であり、フェノールフタレイン試薬と水酸化ナトリウム溶液を使う滴定キットで測定する。pHは、有機 酸が電離して生じる水素イオンの濃度であり、pHメーターやpH試験紙で測定する。

ワインに含まれるTAはpHと相関があるが、厳密には別のものである。それぞれに重要な指標で、TAはワインの味わいにかかわる指標、pHはワインの品質 管理にかかわる指標と考えてよい。

pHは、TAや、リンゴ酸と酒石酸の割合(弱い酸と強い酸の割合)、カリウムイオン濃 度などの影響を受けて変化する。カリウムは果汁にふくまれるものと果皮から溶出されるものがあるので、果皮との接触時間の長い赤ワインの方がpHが高い傾 向がある。

長期熟成させたワインでは、酒石酸カリウム塩の沈降によってpHも大きく変化することがある。pH<3.6 →下降、pH3.6〜3.8→ほぼ安定、pH3.8>上昇。pH 3.0〜4.0の範囲であれば、pH変化がワインの味にさほど影響することはない。

ワインの性質
低いpH
(3.0-3.4)
高い pH
(3.6-4.0)
酸化
少ない
多い
色の量
多い 少ない
色の種類
ルビー
赤茶
酵母の発 酵
影響なし
影響なし
蛋白質の 安定性
より安定
より不安 定
バクテリ アの生育
少ない
多い
バクテリ アの発酵
少ない 多い
SO2活 性 高い 低い
普通のぶどうワインは、pH 2.9〜4.2の範囲にある。

数字上は小さな違いだが、pHは対数なので 0.3 くらいの変化が水素イオン濃度で倍くらいの違いに相当する。pHが低い(数字が小さい方)が水素イオン濃度が高い。

科学的安定性 と生物学的安定性は共にpHに敏感であり、pHの低いワインの方が利点が多いため、ぶどうワイン製造者はpH3.0〜3.5に調整することが多い。

低いpHでは、蛋白質を沈殿させるBenoniteの使用量も少量で済む。大量のBenonite使用では、ワインの風味もなくなってしまう可能性が高 い。また、pHが低いほど有効SO2濃度が高くなるため、少ないSO2使用量で済む。

SO2 と pH

亜硫酸ガス(SO2)自体は硫酸の素になるやっかいな物質だが、ワイン作りにおける利用には1000年の歴史があり、ワインに微量のSO2を添加する効能 は多岐にわたる。 この「微量のSO2」の添加量は、一般的なレシピで30〜50mg/Lとされている。これはpH3.4〜3.6程度のワインの話であって、pHによって必 要な量が変化することも覚えておきたい。pHの高いワインでは より多くのSO2が必要になる。

ワインのpH
分子亜硫酸. 8mg/L を
生成する遊離SO2濃度
3.0
13 mg/L
3.1
16 mg/L
3.2
21 mg/L
3.3
26 mg/L
3.4
32 mg/L
3.5
40 mg/L
3.6
50 mg/L
3.7
63 mg/L
3.8
79 mg/L
3.9
99 mg/L
4.0
125 mg/L 
褐変ならびに野生の酵母やバクテリアの活動を 抑える目的もあり、果実をプレスする当初から30〜50mg/LのSO2を入れておく。通常30mg/Lを投 入するが、温まってしまった果実を扱う場合など量を増やすことが多い。投入したSO2の半分はワインの成分と反応する。残り半分は遊離状態でワイン中に存 在し、新たに浸入した酸素と結合してワインの酸化を防止するほか、微生物の生育を抑える役割を果たす。市販のワイン酵母はSO2耐性があるので入れすぎな い限りあまり問題にならない。SO2は、一次発酵で糖分がエタノールに転換される際に生じるアセトアルデヒドと結びつく形で殆ど無くなってしまうの で、発酵終了時に50mg/L程度を再び添加し、ボトリングまでの期間を通して30mg/Lを保つようにする。但し、MLFを実施する場合は別の話で、 ML細菌の活性を止めないように濃度調整する必要がある。

ワイン中のSO2には分子形態のものと、亜硫酸塩のものがあり、微生物の生育を抑える目的では分子形態の亜硫酸が0.5〜1.5mg/Lあれば良いとされ る。ワイン製造者の間では0.8mg/Lが目標濃度になっている。ワイン中の亜硫酸の形態の違いは、pHに依存し、低いpHほど分子形態のものが増える。 遊離SO2濃度は簡易測定キットで調べられるが、形態の違いは測定できないので、0.8mg/Lの亜硫酸分子を生成するために必要な亜硫酸濃度を表から換 算す る。

多くの自家製ワインがSO2不足によるアセトアルデヒドの蓄積で失敗しているともいわれる。頻繁にワインを造る人はSO2測定キットを揃えておいた方が良 いだろう。

ぶどう以外の果実で作るワイン

ぶどう果実が、基本的にバランスのとれたワインを造るのに適した糖度や酸度になっているのに対して、他の果実のほどんどは、糖分と有機酸の濃度を大幅に調 整する必要がある。調整の点でぶどうよりも難しいところがあるが、四季折々に手に入る果物を使わない手は無い。

果実に含まれる主な有機酸

果実 有機酸 初期TA
りんご
リンゴ酸

リンゴ酸
バナナ リンゴ酸/クエン酸
こけもも クエン酸
ブラックベリー リンゴ酸
ブルーベリー
クエン酸
ボイゼンベリー blackberry とraspberryの交配新種 リンゴ酸
さくらんぼ リンゴ酸
渋味の強いさくらんぼ (Choke Cherry) リンゴ酸
Crabapple リンゴ酸
クランベリー クエン酸/リンゴ酸
黒スグリ クエン酸
赤スグリ クエン酸
白スグリ クエン酸
デューベリー 木苺 の一種
リンゴ酸
アメリカニワトコ
クエン酸
いちじく リンゴ酸
グースベリー (西洋すぐり) クエン酸
ぶどう
酒石酸/リンゴ酸
グレープフルーツ クエン酸
ハックルベリー クエン酸
キウィ クエン酸
キンカン クエン酸
レモン クエン酸
ライム クエン酸
ローガンベリー blackberry とraspberryの雑種 リンゴ酸/クエン酸
Marionberry リンゴ酸
ネクタリン リンゴ酸
オレンジ クエン酸
パッションフルーツ リンゴ酸
もも リンゴ酸
洋梨 リンゴ酸
プラム リンゴ酸
ラズベリー クエン酸
ルバーブ リンゴ酸/シュウ酸
ローズヒップ リンゴ酸
Salal クエン酸/リンゴ酸
サモンベリー(木苺の一種)
リンゴ酸
ザイフリボク リンゴ酸
クエン酸
タンジェリン(みかん) クエン酸


    ワイン別/目標酸度   * U研推定
果実
色/タイプ
酸度(TA)
仕上り
仕込み*
ぶ どう




白 /ドライ 0.65-0.75 0.70-0.75
白/ス イート 0.70-0.85 0.75-0.85
赤 /ドライ 0.60-0.70 0.65-0.70
赤/ス イート 0.65-0.80 0.70-0.80
シェ リー
0.50-0.60 0.55-0.60
他 の果実


0.55-0.65 0.75-0.85

0.50-0.60
0.70-0.80

酸度調整方法とそれぞれの特徴

酸度を上げる

酸度を下げる
酸度調整のための目安分量(TA = total acid は 総有機酸量)
添加物 英名
リットル* Gallon
効能
アシッド ブレンド
Acid blend 1.02g
3.9g
増 TA + 0.1%
クエン酸
Citric acid 0.96g
3.7g 増 TA + 0.1%
リンゴ酸
Malic acid 0.96g
3.7g 増 TA + 0.1%
酒石酸 Tartaric acid 1.07g
4.1g 増 TA + 0.1%
フマル酸 Fumaric acid 0.39〜1.48g
1.5〜5.7g 増 0.05〜0.15% …MLF 阻害が目的







適 量
適 量
減 TA - 加水割合に応じて
炭酸カル シウム Chalk/ Calcium carbonate 0.65g
2.5g 減 TA - 0.1%
重炭酸カ リウム Potassium bicarbonate
0.89g
3.4g 減 TA - 0.1% …低温析出が必要
重酒石酸 カリウム
Potassium bitartrate NF
0.52〜1.3g
2〜5g 低温析出 の前に添加 …結晶の核
* 1 Gallon = 3.71 Liter として換算 

有機酸の味の違い

数種類の酸の味を確かめるための実験が、Emile Peynaud の有名な著書 Knowing and Making Wine (originally Connaissance et Travail du Vin in French, 1981, translated into English by Alan Spencer, 1984, John Wiley & Sons) に紹介されている。同じpHに調整した6種類の有機酸溶液をつくり、利き酒のように味見するもの。 溶液の有機酸濃度は実際のワインより遥かに高い濃度のものだ が、それぞれの酸に固有の味を確認しておくことは今後のワインつくりの役に立つ。

    * 酒石酸    1 g/L
    * リンゴ酸   1 g/L
    * クエン酸   1 g/L
    * 乳酸     1 g/L
    * 酢酸      1 g/L
    * 琥珀酸    0.5 g/L

酒石酸の酸味が最も強く、リンゴ酸は特徴的な酸味を持ち、クエン酸は新鮮さのある酸味、乳酸の酸味は最も弱く、酢酸は苦味と臭いが最も強く、琥珀酸は最も 塩っぽい味がする。こうした知識を活用して最適な方を探る。

    * Cold stabilization で、酒石酸を沈殿させる
    * MLF を使って、リンゴ酸の鋭い酸味を乳酸の柔らかい酸味に転換する
    * リンゴ酸主体の果汁にクエン酸を加える
    * クエン酸主体の果汁に酒石酸を加える
    * 酸度の低い果汁に acid blend を加えて 酸度を上げる

酸度を調整する場合は、将来の評価のために記録を残しておくこと。判断の成否は、出来上がりのワインの味わいで確認するしかないが、微妙な感覚や調整にか かわる部分で人間の記憶というものはあまり頼りにならな い。毎回うまく行く(また はうまく行かない)ワインは、記録を見ればその理由がはっきりする。



備忘メモ

基本手順
  1. 器具の消毒
  2. 果汁抽出
  3. 果汁調整/比重調整(補糖・加水)/酸度調整等添加物投入/消毒
  4. 酵母の準備/投入
  5. 一次発酵
  6. 二次発酵の準備
  7. 二次発酵
  8. 濁りの除去/ラッキング等
  9. ボトリング
糖度の調整
 1, 最終糖度を決める
 2, 原液の糖度を調べる
 3, 最終の希釈率にあわせて補糖する

酸度の調整
  1, 最終酸度を決める
 2, 原液の酸度を測定する
 3, 酸度を調整する

有機酸別の酸度調整方法
 1, 果実別、有機酸含量を検討
 2, 酸度の調整方法いろいろを検討してみる

その他
 1, どこまで希釈するか、自分の好みを掴む
 2, 好みのワインの酸度や糖度を調べておく
 3, 記録を習慣化する

参考リンク