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名称 ビアライゼ株式会社 
2004.05.05 以下追記
残念ながら現在、ビアライゼのビールを飲むことはできません。元青井社長はビール文化の普及のため、本執筆、コンサル、TV出演(先日拝見しました^^)等、幅広くご活躍されておられます。

 「ビールの力」青井 博幸 (著) 
 「ビールの教科書青井 博幸 (著) 
 (どちらもアマゾンで検索、購入できます)

目次
第1部 奇跡の水:(1)ビール好き、(2)ビール紀行、(3)自家醸造、(4)地ビール解禁
第2部 サイドビジネス:(1)片手間から、(2)自宅の改造では・・・、(3)販売見込み、(4)ビール屋の魂、(5)売れた
第3部 独立:(1)退社、(2)準備開始、(3)徐々にカタチが、(4)冷蔵庫
第4部 売る:(1)操業開始、(2)酒屋の組合、(3)ラベル、(4)品切れ、(5)一転、売れない、(6)低温殺菌、(7)ビンのリサイクル、(8)新商品、(9)風呂桶、(10)原材料、(11)問屋、(12)ビンが集まっているところ、(13)反応、(14)できないとアウト、(15)12月32日
青井でございます。時間が長いようですので座らせていただきます。

あのう、、、普通にビールを作っている会社の社長なんですけど、元々サラリーマンだったと。まあ、数年前まで普通のサラリーマンだったヤツが何でビールなんか作っているんだと、どうもそのへんが不思議らしくて、いろんな人からですね、そのへんのいきさつを話してほしいとよく言われます。

ま、確かに最近になってですね、私も「なんか変ったことをしてるのかもしれない」というような気がしててますけれども。まあ、見た目に変ったことをしているのかもしれないですが、そうした背景っていうものを今日は時間が十分にあるんで、ちょっと時期をさかのぼってですね、私がどういったモノを感じたり、思ったり、体験したりして、それで今、その変ったことをしているのかという理由をとりあえずお話しさせていただきたいと思います。

一応、資料って事で今までの歩みですとか、こんな困難がありましたとか書いてるんですが、このページにしたがってそんなことを話すよりも、ずっと今までの経緯をお話ししていく中でそんな話が出てきますので、この資料は終わった後で見ていただいて、「ああ、こんな話が出て来てたな」と思い出していただくためのものとして作らせていただいたものであります。

第1部 奇跡の水

(1)ビール好き
私はですね、えーと、話を大学時代にまでさかのぼらせていただいてスタートしたいのですが、まあ単なるビールが好きな学生だったんですね。クラブ活動なんかもやってましたから先輩もいるし後輩もいる、同期もいる。楽しいこともあればつらいこともあったりするわけで。

そんなときにですね、私は非常に酒好きというかビール大好きだったものですから、どんな時にも、結局はこれを飲むと。どんなにつらいことがあってもビールを飲んで乗り越えてしまうっていうものだったんですね。まあ、問題を乗り切る時の象徴的な存在だったって事で、奇跡の水』だと。奇跡の水を飲んで、困難に立ち向かおうとしていました。

そんな中で大学時代忘れられない思い出がありまして、みんなで海に行った時のことなんですが、私はタイヤのチューブに乗っかってぷかぷか浮いていまして、その時はいい加減先輩の学年だった時なんですが、そこでビールを飲んでましてですね、極楽浄土のようなものを味わったような気分になりました。極楽浄土はこんな近くにあったのかと非常に感動しましてですね、これだけで極楽浄土を味わえると。

そこで「『ビール教』を作るから皆のもの信者になれ」とみんなに言いましてですね、「自分はビール教の教祖だ」と。このようにビールを楽しめばどんな事でも乗り切れる」と。まあそれは当然冗談なんですが、まあそんなことがあったわけです。で、ビールが切れるとですね、後輩たちが「御神体が切れた」と言ってジャバジャバと水の中、ビールを持って来てくれるわけです。それでまたずっと飲んでて。夕方、「さあそろそろ帰ろう」と言った時に膝ぐらいの水のところでおぼれそうになりまして、これで一日にして『ビール教』は解散になったんですが。まあそれほどビールが好きで、ビール好きの人生を歩んできたんです。

(2)ビール紀行
就職をしたのは東洋エンジニアリングというプラント建設の会社です。私はそこで最初はコンピュータ関連で、そのあと新規事業ということで宇宙関連の仕事をやっていたわけです。まあ基本的には会社は石油精製プラントの設計をして作ったりと、そんな会社です。半分以上は海外の仕事です。私はどちらかというと先進国担当っていう感じで海外によく出てたんですけどね。

ヨーロッパに行った時、ビールが好きですから当然どこへ行ってもビールを飲むわけです。すると本当に美味しいビールがあるんですね。それを飲んだ時の衝撃というものはホントにすさまじいものがありまして、「自分はビールが好きだ」と、ややもすれば「ビール通だ」という思いがったんですけれども、とんでもないことだと感じました。

こんなに美味しいビールが世の中にはあるんだとびっくりしました。聞きますと、ドイツ人なんかは昔から旅をすると、旅先のそこの町のビールを楽しむんだよと。ビールの旅、まあ、ビール紀行ですね。ドイツ語で『BIER-REISE(ビアライゼ)』って言うんですが、そのビアライゼをドイツ人ていうのは昔から楽しんでいたらしい。

ドイツの各地だけでなくベルギーですとかイギリスですとか、あと残念ながら行ってはいないんですがチェコですとか。チェコのビールもすごいんですよね。本当に美味しいビールがある。私はサラリーマンですから、そういう出張の機会を利用してそういう事を単に楽しんでいたんです。

そういった意味では何ら以前と変らないんですが、いろいろ多くの衝撃的なおいしいビールを味わって楽しんでいるうちに、ふと「何でこんなおいしいビールが日本には無いのかな」と思いましてね。で、いろいろと、ちょっとずつ勉強していきますと、日本の酒税法っていうものが大きな壁としてあるんだなとわかってきました。

酒税っていうのは日本では、まあ世界でもそうですけど一番古い関税で、室町時代から政府のカネの種となっていたんですね。まあ、それがいいとか悪いとかいう気はないんですが。それで明治になって日本に新しいビールというものが入って来たと。それがまた新しいカネの種になるもんですからどんどんまた酒税を高額にかけていくわけです。

最初はバンバンとビール会社は出来たんでしょうけど、どんどん統合されて強そうな数社になっていく。それでもその力のあるところは最新鋭の技術を使ってますから価格的にも十分庶民の手にも行き渡るようになる。そこでまた酒税を高くしていく。それで大規模なプラントを持てるような数社しか残らなくなってくる。それこそ今現在の大手さんのようなボタン一つでビールが出来るようなオートメーション化された、手作りの何百倍もの生産性を持つ工場を持つ会社だけしか生き残れなくなってくるんですよ。

そうするとどういうビールができるかっていうと、ひと樽ひと樽、酵母の管理をしながら、生き物ですからね酵母は、そういう懇切丁寧な手作り的なことは出来なくなってくる。その数社でもって日本全土をカバーしていかなくちゃ行けないわけですから、流通の発達していない時代に味が均一化されたもの、酵母のような生き物が働きますから、そういうモノは難しい。そしていろんな味のビールを作るっていうのも大変なので、同じ味のものを大量に広げるっていうやりかたでないと高額な酒税ってモノに対処できない。そうすると誰でも飲める味っていうものを作らなくちゃ行けない。でも味があると好みっていうもの出てくるわけですから、そこで味をなくしちゃったわけです。

確かに味の少ないビールというものもヨーロッパにはあるんですが、そういう物を持って来て「これがビールというものじゃー」と言って売っているわけです。味が無くてもなぜ飲めるかっていうと、冷たく冷やして炭酸をガーって入れて。日本では『気の抜けたビール』っていう言葉がありますが、非常におかしな話で、気が抜けたら飲めないほどまずいものかなと。そういったことをヨーロッパのビールを飲んで悟ったわけです。

よくよく考えてみると、全員が飲めるビールを作れって言われたら、そうやって味をなくして、気が抜けたら飲めないんだけれども気を入れて、それで年間300億円以上の金をかけてコマーシャルで「ビールはのどごしである」と。要は味わうなって事ですね。なんか炭酸がピリピリしていると。そういったイメージでガーっと売りさばいている。

そもそもは1リットルあたり222円という超高額の酒税に原因があると。あと一つはですね、「どんなに高くても美味しいビールを飲んでみたい」と言う人がいたとしても、ビールを作るにはいきなり年間2000キロリットル以上作らないといけないと、そうでないと免許を与えないという昔の法律があってできなかったんですね。

2000キロリットルっていうと少なくとも関東全域ぐらいにパーっと売れないとクリアできない。例えば東北などで1県で売ろうと思っても売り切れないと、少なくとも数県にまたがって売らないと。私のところが去年の実績は45キロリットルですからね。とんでもない量なんです。これから新規参入しようという者に対しては「やめなさい」と「無理ですよ」と言っている法律だったんですね。まあ法的にも刃向かうことができなかったというわけです。

日本の大手4社っていうのは、世界でも有数のビールメーカーです。アメリカのバドワイザーやオランダのハイネケンっていう有名なビールメーカーがありますが、それらをのぞけばムチャクチャデカイ最新鋭の工場を持っている。そんな会社です。で、それしかないというかなりいびつな産業なんです。ビールっていうのは本来身近なものであるはずなのにですね。

日本酒で言えば今はたくさんの酒蔵があって、いろんな地酒がワーッと売れている。それが月桂冠とあとナントカとカントカと3社ぐらいになってしまっているような、そんな状況です、それぐらいビール業界っていうのは異常な状況だったんです。

そんな中で「これこそビールじゃ」と与えられて、20何年も育ってしまって、ヨーロッパでのビールに出会った時に、ビール好きの人生を後悔しまして「なんて損したんだろう」と非常に憤りを感じました。まあ、それでもそのときは怒っただけですが。

(3)自家醸造
そのあと会社から留学しなさいということで、アメリカに行ったわけなんですが、当時、アメリカでは「自家醸造」っていうのが法律で認められていて、どこの町に行ってもビールを作る道具屋さんっていうのが必ず1店舗ぐらいあるわけなんです。

で、「ああ、自分で作れるのか」と僕はビックリして、それで自分で作り始めたんです。まあ作り始めてみると最初はまずかったんですけど、やってみると結構いいものが出来るんですね。

日本よりも大学には醸造学とか、あるいはビール学みたいのがあって、結構そういう参考書や教科書ががたくさんあって、自分の専門は宇宙工学と経営学修士だったんですけど、それ以上にですね醸造学とかビールに関する本を取り寄せまして、どっちで単位を取ったら取り易いんだろうかというぐらいものすごい勉強しました。

そうしていろんなビールを作りました。130種類ぐらいですかね。でも今のようにプロになろうと思って作っていたわけじゃないんです。単に楽しんでやっていたら美味しいものが出来たと、というわけです。

そこでたまたま私がプラント屋に勤めていたっていうこともあってですね、やっていくうちにどんどん設備が大掛かりになってくるんです。私から見るとちっちゃな設備なんですが、炭酸ガスボンベがごろごろ転がっている家は他に無いと女房にガタガタ言われるような状況に段々なっていったわけです。試験プラント的なものですかね、規模的には。なので当然飲み切れない。

そこで人を呼んではみんなで飲んで楽しんでいたわけです。ちょうどそのころアメリカでは各地にマイクロブルワリーって言って小規模な町のビールやさん、まあ地ビールですね、そういうものが大ブームになってまして、その町にもあったんです。で、そこに行きましてですね、ちょうどプラント屋ということで、この配管はどうなっているんだとか、このバルブはこうしたほうがいいんじゃないかなんて話をしていたんです。

で、ビールについても沢山勉強していましたんで、あっという間にそこの人と仲良くなったんですよ。休みの日なんかはそこの会社のオペレーションを手伝ったりとか。そういう事をしているうちに、試験的な規模ではなくてそういう工場規模でのビール作りというものにも精通していったわけです。それはホントに単に趣味の範囲でやっていたことなんですけれどもそういう楽しい時間を過ごしたと。そして本当に自分でビールが作れると自信も持ってきたんです。

(4)地ビール解禁
そうして日本に帰ってきましたところ、「地ビールが法律で解禁になった」ということを聞いて本当に嬉しかったんです。嬉かったっていうのは「これで自分が作って売れる」ということではなくて、「これでホントに美味しいビールが楽しめる」と、そういう事だったんですね。酒税は変らないんだけれども、一つの工場で年間60キロリットル以上作るんであればビールを作っても良いと、そう法律が改正になったわけです。規制緩和が行なわれたわけですね。

で、さっそくですね、すでに何十軒か地ビールメーカーがあったものですから出かけて行って飲んだんですよ。そしたらですね、ちょっと期待外れだったんですね。まあ同業の立場でこういう事を言うのもなんなんですけど、はっきり言えば満足できる味ではなかったということです。で、「どうしてこんなまずいビールを作ったんですか」と聞いて回ったんです。「どうして地ビールメーカーをつくったのか」とか。で、どうも経営者がビールが好きで、向こうのビールに感銘を受けて作ったわけではないらしいと。「『町おこし』ということで、そこの町の名前がラベルに載っていれば何でもいいんだ」と。

でもビールを作る方法がわからないから外人連れて来て、「何かビールを作ってくれ」と、それで作ってもらってるわけです。だからそこのブランドから訴えかけられるものは何も無い。まあ、そこまで哲学的なものではないにしても、「ちょっと寂しいなあ」と、そう感じました。

第2部 サイドビジネス

(1)片手間から
で、いろいろ思ってみたり、いろんな人に話しをしてきたんですが、「僕は美味しいビールを作ってきたんだ、なのに何故あの資本もある人たちが美味しいビールを作らないのかな」と。まあそんな愚痴をこぼしていたんです。そしたら、「じゃ、出来るならやりゃいいじゃないか」と、そう言われたんです。言われてるうちに、「そうか」と思い始めたんです。

当時の地ビール屋さんの資本金、初期投資というものは、1億円から3億円なんです。で、私のように普通のサラリーマンの家庭に育って、自分もサラリーマンをやっているという人にとっては、そんな金額は当然無いわけですよね。何かを担保に金を借りたくてもそんな担保物件も無いわけです。ただ、1千万円ぐらいは貯金があったんですけどもね。

でも、自分がプラント屋としてアメリカあたりの設備を見てみますと、「あのプラントを作れ」と言われた時に、1億円なんかかかるかなと。それで良く考えてみると2〜3千万円あれば建つなと、そう思ったんです。あ、そこまでじゃなくても、小さなもので、自分が思っていたような簡単な、そういうものであれば1千万円ちょっとで出来るんじゃないかと。

あと、発泡酒っていう、酒税法の中で定義されたものがあるんですが、それだと年間6キロリットル以上作ればいいと。ですから、そういった物が上手く見つかれば1千万円とか1千5百万円とかで小さなビール工場は出来そうだと、そう思い始めました。で、それだったらちょっとやってみようかなと思い始めました。

いろいろ調べますと、担当官庁が国税局だということで、ちょっと国税局に行ってみました。そうしましたら「法人じゃないと相談の相手にはなれませんよ」と、そう言われまして、それならば会社だけでも作っておくかということで、会社を作ったわけです。

ビアライゼ株式会社というものを作りました。
株式会社にしたのは信用とかそういう面でいいですよと、相手にとっては個人が来たというよりも法人だと、できたら株式でとそういう事を人から勧められてそうしたんです。

でもその時は会社を辞めて本業でとかそういう事をまだ考えていたわけではないんです。ビールというのは温度コントロールさえやっていれば、あとは酵母が勝手にやってくれてるわけで、自分がこう酵母を手でこすったりとするわけじゃないんで。例えばそういった変化も一日とか激しく手を加える時でも半日手を加えればいいんで、基本的には1週間寝せておくとかそういう次元のものなので、手を加えるのは土日であとは女房に任せればいいと。

そういう1千万円ぐらいの小さな工場であれば出来るなとそう思ってたんです。まあ、いいサイドビジネスかもしれないと、そういった割と軽い気持ちで企画しました。

(2)自宅の改造では・・・
そうしてまた国税局のところへ行きますと、「自分のところが全部の窓口だから」ということで相談に乗ってもらいました。皆さんなんかからは当り前のことだと思われるかもしれませんが、住宅専用地域とか商業地域とか、そういう区分があると、まあ区分があることだけは知っていたんですが、醸造所っていうものが工場であるという認識が無かったんですね、ですから自分の自宅を改造するベースということで国税局にも話を持っていっていたわけです。

で、図面を書いたり、いろいろとほかにも取得しなくては行けない法手続きっていうんですかね、食品衛生ナントカとかそういうものを取得しなくては行けないと国税局さんから言われたもんで、いろいろ取ったりしながら準備を進めていたんです。

で、あとちょっと下のほうを書き加えればいいでしょうというレベルのところまで書類を作って、そういう段階で持って行ったんです。そうしましたら、「ところでその家のほうを改造するっていうことについては市のほうの建築許可を取った?」と言われたんです。「なんですかそれは?」と。そんな感じでした。「これまでは言われたものを全部とって来ました」と。

でも最初に相談に来た時からそんなことは一回も聞いていなかったんで、「いや、それは取っていません」と。そうしましたら、「ああ、それは困りますね、工場を作るということは一応建築許可が必要なんですよ。さっそく市の建築課に行って取ってもらわないとだめでしょう」と。そう言われました。

で、「いや、それは伺ってませんでした」と言いましたら、「いや、それは一番最初にお渡しした資料の、ほらここに」と指を差すんですね。で、そこを見てみますと、『その他必要な免許類をすべてそろえること』とそう書いてあるんです。で、「そういったこともすべてこちらが窓口かと思いました」と言いましたら、「いや、うちは所掌外ですから」とあっさりかわされてしまいました。で、ちょっと頭に来てしまいました。

これまで一生懸命事業計画書を書いて来て、こんな事で「全然だめです。諦めなさい、帰りなさい。」と、そう言われるのはあまりにも悲しいなと、自分がやろうとしてきたことがそんな事で白紙になってしまうのはおかしいんじゃないかと、そう考えまして。で、もう一度自分が本当にやりたいことは何なのかを始めから考え直す機会になりました。

要は、国税局の態度が頭に来たっていうんじゃなくて、自分は怒るだけのものを持っているんだろうかと考えました。やろうとしていたことはサラリーマンをやりながらの副業を考えていただけだから、まあ、そんなに話しは甘くなかった、それだけのことだ、怒るほどのものでもないなと。そう思いました。

でも、調べれば調べてみるほど自分にも手が届くような、持っているお金とかエネルギーとかでビールが作れそうだということがわかって来て、そうなると、じゃ、発泡酒とかの小規模なやつじゃなくて、貸し工場を借りて一気にビール製造をやってしまおうかと思ったわけです。

醸造の最低量とかもあるし、賃貸の家賃とかも払っていけないわけですから規模が大きくならないと行けない。そうなると兼業というのは難しいかもしれない。難しいかもしれないなあと思いながらも検討をしてみる価値はあるんじゃないかと思って、規模をスケールアップして再チャレンジすることにしたんです。

(3)販売見込み
で、やってみますとこんどは規模が大きいものですから、国税局さんの免許を出す要件の中に、「製造する能力があること」というのと「販売見込みがあること」という2つのことが加わってきました。「年間何十キロリットル作りますよ」となると、こんどは「それ本当に売れますか?」ということになってきます。

それが非常に曖昧な言葉なんですが、役所としては「曖昧ではいけない、それを証明する書類が必要ですよ」となってきます。従来の地ビールメーカーの半分以上は日本酒のメーカーさんがやっていて、日本酒が売れなくなってきたことに対する救済措置という意味合いも地ビール解禁にはあったと、あとから知るんですけど、あの人たちにとってはすでにお酒を売っている販路はあるのでそういった事は全然問題なく紙は書けるわけです。シナリオは。その販路に乗っけていきますということでいいんです。でも、私のような一般市民がビールを作って、しかも年間60キロリットル以上売りさばく証明をするというのは不可能なことだということがわかりました。

というのはお酒は誰にでも売れるわけではなくて、問屋さんであれば問屋さんの免許、酒屋さんであれば小売の免許と。そういった販路ががっちり決まってますから、そういうものを押さえてない者がその中に入りますといっても、受け入れてもらえるものではないと。

どうも国税局の要件をうかがっていると、「キミ、今ごろわかったのかね」と。「酒を造ったり売ったりっていうことは政府があたえてやっているものすごい特権なんだ」と。「ごく一部の人にだけ作らせて、甘い汁っていうか儲からせて税収を取るのであって、一般平民に作らせるということは考えてないんだ」と。「酒を造る権利っていうのはごく選ばれた特定の人だけなんだ」と。そういう強い意志があるのかなという雰囲気をですね、これはあくまでも私が感じた雰囲気なんですが、それを感じました。それで「キミなんかには、到底60キロリットルの販売見込みを証明できっこあるまい」という感じですね。「今ごろわかったのかね」という感じでした。

で、それはまたまた頭に来ちゃったわけです。いろいろ調べますと、酒の小売云々ということなんですけど、じゃ、私以外にも酒関係でないいろいろな人が地ビールを作ってるんですが、そういう人はどうやってやっているのかなと思って調べてみたわけです。すると、彼らは自分のところでレストランを作ってしまうわけです。そして半分以上っていうか9割ぐらいはそこで売ってしまうんだと。さらに自分のところでお土産物で出すとか。ですから「自分で売ります。自分でこれだけの席数のあるレストランを経営していきます」ということでクリアしていくわけなんです。

(4)ビール屋の魂
ですがそれはレストラン業なんです。私から見れば。ビール製造業ではなくて、そこで飲食をさせるレストラン業を主として、そこに呼び物となるビールがあるだけですから、本当に美味しいビールを日本中に根づかすというそういうものとは違うと思いまして。だからいくらそういう方法が安易だといっても私はその方法だけは取りたくはなかった。

私が本当にやりたかったことは、私がヨーロッパでショックを受けた本当に美味しいビール。世界中の美味しい食物が日本に入って来ている中で、酒税法という大きな重しがあったが為に唯一日本に入って来ていなかったヨーロッパの素晴らしい食文化。

あんなに素晴らしい何千年もかけて作られてきたすばらしいビールが日本には入って来ていないと。だからそういうものを日本でも味わってもらいたいと、そういう事をやりたいと。

そういう事を事業にしたいんだと思ってましたから、どうしても小売でみんなに売りたいんですよね。レストランを持って「ここにくれば飲めるよ」と、そういうカタチではやりたくなかったんです。それでどうしてもそこにこだわってしまった。

で、結局国税局さんの販売見込みというハードルをどうやって乗り越えていこうかと考えたんですが、「酒小売が無理であれば飲食店さんに売ります」と。「飲み屋さんですとか料亭さんとかに直接売りますよ」と。そういうシナリオを作りました。

縁故とか知り合いの飲食店さんをたどれば、10〜20店舗ぐらいは何とか書いてもらえるわけですよ。「書いたからといってホントに買う必要はないよ」と。で、何を書くかというと、飲食店さんが自分を主語としてですね、「○○料理店は席数がいくつで一日に何回転してビールの消費量は一日にどのくらいです」と。「今は大手さんのビールを使っていますが、ビアライゼのビールが出来たらそのうち3割をそれに切り替えます」と。「そうなると、ビアライゼから年間何キロリットルあるいは何百リットル買う予定があります」と。そう書いてもらったところにサインとハンコまで押してもらうということなんです。

実際には、どこにもはんこを押してもらうなんて事は書いてはいないんですが、「実際に販売見込みを証明するためにはお前が書いちゃダメだ。だから実際に相手の飲食店さんに記述をもらってこなくてはだめだ」と、そう言われましてそういうのを取る必要があったんです。

そうすると30キロリットルぐらいは知り合いに頼んで、「本当に買う必要はないですから」とインチキしてお願いして書いてもらうことは出来たんです。でも、そんなに顔が広いわけではないんで、残りの30キロリットル分は飛び込みでお願いして回るしかなかった。

で、行くとですね、当り前なんですが嫌がられるわけなんです。当り前ですよね、訳のわかんない男が来て、「これからビールを作るつもりです。作るにあたっては自分のビールを将来買う見込みがあるということを、事細かく、数字まで上げて書いて、さらにハンコまで押してもらって、それを国税局に持っていく」っていうんですから、そんな事聞いてくれるわけ無いんです。

ですけど、私にしてみればビールを作るためには最後の手段だったわけです。

(5)売れた
当時はサラリーマンとして忙しくてですね、夜10時・11時なんてのが普通でした。それでも早くて10時に切り上げられるとか9時に終わったなんていう時が週に1日ぐらいはあるものですから、今日はあそこへ行ってみようと、料亭ですとか居酒屋ですとかに行って、粘ってそういう事を頼んでみるわけです。ですが、「これはやっぱり無理かな」とそう思いかけた時にある飲み屋に行ったんですが、もう閉店近くなって粘っていて、でもカウンターの端っこで座って。

で、たまに「マスター」って声をかけようとして「マ」でも言いかけると嫌がって目をそらされると、でもそんな中訴えかけていましたら、お客さんが誰もいなくなった時に、そこの店のおかみさんが気の毒に思ってくれたんですかね、話を聞いてくれて、事情を説明して、それで「どうしてもその紙が欲しいんです」と。そうしたら「マスターちょっと聞いてやってよ。この人一生懸命だから」ということで、マスターが聞いてくれだしたんです。そしていろいろ説明して、で「そういった書類が必要です。書いたからといって買うかどうかは、私がビール業を立ち上げて、サンプルをお持ちして、飲んでもらって、それから決めてもらっていいんです」と、そう説明したんです。

でその説明の最中にですね、マスターが「よし持ってこい、味見もサンプルもいらないからビールが出来たらすぐに持ってこい、置いてやるから。で、自分で飲んで旨かったら、酒屋とかの付き合いもあるけど、大手さんのビールを飲んでいるお客さんに『お前それをやめてこれを飲め』と勧めてやるから。いいから持ってこい」と。「何か書くんだったな、紙だしな」といわれて紙を出して、その場でダダダと書いて、「かあちゃん印鑑持ってきな」といってその場でボコンとハンコを押してくれて、「もう遅いから帰んな兄ちゃん」と店から出されたんです。

本当に感動しましてね、まるでドラマのようですがそれまで降っていなかった雨が店を出る時にはどしゃ降りになっていまして、その中を私は号泣しながら雨の中を帰りましたけれども、その時に思ったのはその店のマスターが買った、あるいは買おうと思ったのは僕自身だったと。彼は僕を買ってくれたんだと。そう思いました。

それは逆にどんなにいいビールを作っても、他から見ればどこのどいつかわからないやつなんで、「私が売れなければ誰も買わない」と思ったんです。

そうした時にサラリーマンと兼業でやっているような仕事ではどんなに旨くてもダメだと。あのようなふらりと来た人を信用してくれる人に対してサラリーマンの副業で作りましたなんてビールは持ってはいけないと感じました。

それは物理的に兼業が難しいかなというのがアタマにあったのは事実ですけれども、その時に自分が持っているエネルギーとか知識とか全てを懸けて一番いいものを作ろうと、それで出来た物を持っていこうと、それでサラリーマンは「やめ」だと決心しました。

第3部 独立

(1)退社
それまでにも会社のほうにはそういう事を計画しているというのは話をしていたんですけれども、だから会社を辞めるという話にはなっていなかったんですが、次の日にすぐに会社に「こういった事情で会社を辞めたい」と申し出て、まあ1ヵ月ぐらいはすったもんだがあったんですが、結果的には非常に快く「そこまで考えているんならいいんじゃないか」と送り出されました。

私にしてみればサラリーマンの仕事に非常に満足していましたし、面白かったし、一部上場の会社なんですが留学生に出すっていうのは非常に少なくて、私は最年少でしたし、私以降も出ていないと、やっぱり留学生っていうのは歴代の上の方がいるんですけど、そのメンバーで毎年集まって東洋エンジニアリングという会社がどうやったらいい会社になるかって話し合いをしたりもしている、そういう真面目なグループにも入れてもらってましたしね、実は会社を辞めてもその会合には出ていてちょうど昨日がその日だったんですが、ミーティングでも話をしたりしたんです。そういう中にあって会社を辞めるっていうのは、理解に苦しむっていうことかもしれない。

っていうのは、別に儲かるわけでもない。将来は会社としてしっかりしていきたいので儲ける必要があるわけなんですが、最初はどうしても値段を押さえたいとかそういう事がありまして、生きていく最低限でやっていきますから、給料とか労働条件とかは一般的な中では最低のところで生きていくわけです。

平たくいうとですね、辞めちゃったから言うんですがエリートですよね。国立の大学出て会社入って留学とかもさせてもらって、社内ではいわゆるメジャーな仕事とかをさせてもらって。そういう人が会社を辞めてもっといい給料のところへ行くというのであればわかると思うんですけど、なんか土方作業みたいなもんですからね、ビール作りなんて物は。今日は久しぶりにこんな服を着ていますが。作業服を着てビールケースを運んで、酒屋さんにありがとうございますと頭を下げる。それが妙な感じがするらしいんです。

ですが私とすれば会社の中でエンジニアAとして働いていて、風邪で休めばエンジニアB、あるいはエンジニアCが来ても似たような仕事が出来なければならないと。逆にそれ以上の色を私が付けてしまうと、組織の中では許されない、良くないことであったりするわけで、別にサラリーマンに価値が無いというわけではないんだけれども、自分が世の中に対して貢献できる力ということを考えた時に、本当にヨーロッパの日本に紹介されていない素晴らしい文化を伝えるということは私にしか出来ないんじゃないかと。

私以外にも出来る人はいるかもしれないんだけれども、私がやることによって少しでもそういった物が解決するかもしれないし、何がしかの影響を与えることが出来る。だけれどもエンジニアAの仕事だったらBやCでもできる。そういう仕事との違いが大きく自分には見えていて、やるからには本当に自分自身を売るような大きな仕事をしなくてはいけないと感じて、それですっぱりと辞めるという決心が出来たわけです。

その状況を会社も非常に理解してくれてですね、そのあともすんなりこっちの仕事に移行できるように全面的に支援していただきました。私は1年半前に工場を立て始めたんですが・・・

(2)準備開始
ちょっと話が飛びますが、国税局が話のテーブルに付くには、ビールを作りたいという人、法人ですね、それと場所が決まってからということなんです。

醸造の免許というのは人と場所に対して交付されるものなんで、私が家ではできないとわかった後は、その貸工場の賃貸契約書が無いと話のテーブルについてはくれないんですね。

で、彼らが一般的に言うには、仮免許みたいな段階、内免許っていうんですけど、そこまでが非常に長いんですね。そこまでの段階で醸造能力があるかとか販売見込みがあるのかっていう審査を1年ぐらいかけてさんざんやって、内免許が出たら「あなたには免許を与える可能性があるので投資を開始しなさい」ということになります。そこからはじめて機器を発注するわけです。何千万円とか、他の人は一億円とか。

で、私は仮家賃をそんなに長い間払うことは出来なかったし、「やるんだ、何がなんでもやるんだ」と決めてましたから、国税局のほうで「あなたには免許が出るかどうかは難しいですよ」と言われてはいたんですが、そのおやじさんにハンコをもらった時に決意したんで内免許が出るのを待たずに賃貸を契約して、機器を発注しました。基本設計は自分でやったタンクなんですが、設計して、発注したのはカナダの会社で、作らせるのには半年はかかると。ですから内免許をもらってから発注したのでは1年半ぐらいの家賃を払い続けなくてはならないと。

ですから、内免許が取れるのを待つのではなくて「取るんだ」と、それは取ってからやるというほうがいいんだけれども、自分はやると決めてこの事業に臨んで歩いてお願いしているので、「何としてでも取る」と。そうして自分の責任で機器を発注していたということです。

そうして会社に辞めると言い出したのは97年の7月だったんですが、10月には機器が届くんですね。そうすると工場建設も建設会社に頼めば簡単に短期間で出来るかもしれないんですが、そんな金はないので施工図とかを自分とか会社の仲間にお願いして作って、自分で出来る工事は自分でやって、配管なんかも自分でやって、土方状態でやるので10月いっぱいで退社と申し出て、2月には工場の稼動が出来るようにと、そう考えていました。

そうしたところ10月近くになって、会社のほうから「いつになったら金が入ってくるんだ」と聞かれまして、「2月過ぎないと無理ですね」と言ったら、「生きていけないな」と言われまして。「お前は年休も腐るほどあることだし、籍は12月まで会社に置いておけ」と言われまして。「会社は出てこなくていいよ。でも、もし、たまに昼間で仕事が終わったとか、夕方からあいたとなれば会社に来て引継ぎの仕事でもすればいいから」と言われました。「週に1日でも2日でもいいよ」と優遇してくれました。 退社してからも6月になぜか会社にいる期間の数ヶ月分のボーナスがもらえまして。

そうして会社も生活できるように配慮してくれましたし、そのあとも会社の行事とかでビールを使ってくれたりとですね、会社には退社してますます愛社精神を持ったと、そういう感じでした。ですから会社に何か貢献できないかとずっと常々考えています。

(3)徐々にカタチが
ま、そんな感じで退社して機器を受け取るということなんですが、機器を受け取るというのはどんな感じかというとですね、輸入とかも全部自分で手配するわけで、国内の輸送も港から手配すると。

それは「車上渡し」と言ってタンクがでっかいトレーラーで届きますと「ハイ」って言われて終わってしまうんですね。そうなるとフォークリフトが必要になるということに気づいて。それで数日前にフォークリフトを買うわけですね。で、皆さんにとっては「何を当り前のことを」と思うかもしれないんですが、フォークリフトは予算に入ってなかったんですね。そんな物が必要になるとは思っていなかったので予算が無かったんですよ。

よく考えたら原材料がドラム缶に入ってくるわけですし、ビンもパレットに乗って入ってくると。ですからそれを降ろしたり運んだりするのに要るんですよね、フォークリフトが。フォークリフトが無ければどうしようもない、かといって買うお金も無い。

でまあ、リースとかレンタルとかしか方法はないと。でも金が無いですから数日前までリース屋さん数社とガタガタ言っていたわけです。「そんなに高いのか」と。さらに言えば「これからも年に数回原材料を降ろしたりで使うんだから安くしてくれ、とにかく金が無いんだから」と。

本当に無かったからそう言っていたわけなんですが、そうしたら「お兄ちゃん、それじゃ買ったほうが安いよ」と言われまして、「いや、買うお金ありません」と言いましたら、「リース落ちでまだ動けるのが確かあったような気がするから、ちょっと調達してみるよ」と言ってくれたんです。で、そのリース屋の営業のおじさんが35万円でちゃんと動くフォークリフトを探してくれまして、それなら買えないことも無いと言ってあわてて買ったわけです。

で、購入した翌日にはタンクが届くわけですね。「はい、青井さん、タンク来ました」と言われるんですね。車上渡しですから。いきなり「どうやって運転するんだ」と言いながらエンジンをかけてですね、いきなりタンクを受け取ったんですね。こうやって。

でもそれがあんまり危なっかしく見えたらしくて、基本的には降ろす作業は運送屋さんは手出しはしないはずなんですが、「これじゃ危ないぞ」と運転を代わって工場の中に入れてくれたんです。

でもその受け取った時「ああ受け取ったんだ」とタンクと一緒に
フォークリフトの上でゆれながら実感しましたね。で、何とか搬入して、国内でそういう施工をしたことがある業者がボランティアで据え付けを行なってくれて、ほとんど手弁当でですよね。そのおかげで工場を作ったり、配管は私も自分でやったりということをして数ヶ月して工場が建つということになりました。

(4)冷蔵庫
ちょっと時間的には戻るんですけれども、その賃貸の工場なんですが、それも忘れられない工場の場所なんでちょっと紹介しておきたいと思います。

1年半の仮家賃は払えないんですが半年ぐらいの仮家賃はどうしても払わなくてはいけないと、そうなるとそんなに立派なところは借りられない。小さいところしか無理で、でもタンクを入れるから小さいんだけれども屋根が高くなくてはいけないとか、床はコンクリートが打ってなくてはいけないとか、水浸しになるのでU字溝が埋められなくてはいけないとか、いろんなそういう面倒くさい条件があったわけで、非常にかぎられた場所しかなかったわけです。

そんな中でビールの原材料の保管もありますし、出来上がったビールも酵母が生きていて5℃以下でないと品質がどんどん変ってしまうものなもんですから、屋内冷蔵庫が当然貯蔵庫として必要になってくるんですね。

それがいくらぐらいするのかって、そんな事も知らないでビール屋をやろうとしていたんですが、ホントに見積を取ってみるとこれが高いんですね。本当に高い、屋内冷蔵庫って物は。「これはとんでもないな」と、いろいろバッタ屋みたいなところも探したんですが、そんな予算は全く無いんで、いろいろ考えたんだけれども冷蔵庫を持つのは諦めようと。そう思っていました。

ちょうど千葉県の八千代市にはコクボ製氷といって非常に大きなロックアイスの会社があると、あと牧場とかも沢山あって牛乳屋さんとかも沢山あると。どっかそういう所の冷蔵庫を一時貸してもらおうと。冷蔵庫を買うお金はないんだし、なければ出来ないんだし、そういう所にお願いして、置くためのお金も別途払うなりして置いてもらおおうと、そしてそのうちに調達しようと思っていました。

で、「小さいな」という大きさだったんですが1ヶ所決めて、それ以上は望むべくも無いと、そこで我慢しようと工場の契約に女房に不動産屋に行かせたんです。そしたらですね、ちょうどその契約のサインをしようかとしている時に隣でですね、「あの冷蔵庫、まだ動くのにもったいないですね。壊さなきゃだめですか」っていう話が聞こえてきたらしいんです。で、「冷蔵庫?」ってことで、うちの女房の耳がピクピクっと反応しまして、聞いていましたら、元々貸倉庫って名目のところに野菜を詰める工場が借りていたんです。

そこはうちがもともと借りようとしていた工場の隣の物件で、同じ大家さんでした。そこが市場の中のいい物件が借りられるということでそこに引っ越してしまうと。で、冷蔵庫はもう古いんで置いていくと。当然冷蔵庫の機械とか壁とかはあるんだけれども、貸倉庫にしなくちゃいけないからそれを全部壊さなくちゃいけないと。「壊すのにも金がかかるし、使えるのにもったいないね」という話を女房が聞きまして、「なんだそれは!」と。

すぐに女房から会社に電話がありまして、すぐに「わかった」と言ってその足で行ったんです。行ってみますと立派な冷蔵庫がドンドンとあって、「使える」と。向こうは壊すのに費用がかかると困っている。それで「そのまま置いておいてください」と言って、「ここを借ります」と。それで契約をしたわけです。
もうホントに神が私にここでビールを作れと言っているような感じでした。

第4部 売る

(1)操業開始
で、そんな事があって98年の2月に工場ができあがって操業を開始するわけです。やーっとこれでビールが出来るというところなんですが、実際にはこんどはホントに売らなきゃ行けないということなんです。

そうすると、販売予約の時に義理で書いてくれていた飲食店さんは結構遠いところにあってですね、千葉県の八千代市とは離れたところなので運べないんですよ、はなっから。それでも取ってくれている所っていうのはあるんですが、ハンコを押してくれていた所の半分は逆にこんどは「義理ですから、関係ないよ、いらないよ、そういう約束でしょ」といって買わないんです。

あとの半分は行けば取ってくれたかもしれないんですが、それだけでは全部売り切れない。あと、ほとんどが誇張して書いてくれたので「取るけれどもそんなには取れない」と。

それとあと、書いてもらった時の要件が生ビールの樽で出しますということでみんな計画してたんですが、生ビールのサーバーっていうやつが10万円ぐらいするんです。それは飲食店さんが金を出して買うのではなくて、通常は酒屋かメーカー、まあメーカーが出すことはほとんど無いらしいですが、とにかくうちがそのサーバーを買って出すことは出来ない。まさか飲食店さんも私のビールのために10万円もするサーバーを買ってはくれないわけですよね。ですから「樽で来てもサーバーがないよ」と。大手から来ているサーバーがあってもそれを横取りしてうちのビールに付けてくれるという訳には行かないし。「やっぱり出せませんね」ということになってしまう。で、ビンでちょこちょこと売っていくことしかないっていうことですね。

(2)酒屋の組合
で、どうしても小売店にビンでならべていかなくてはいけないんで、その時は国税局さんが応援してくれたんですがね、免許を出すからには応援しましょうということで、失敗してもらっては困ると。そういって地元の税務署の方が地元の酒屋さんの組合を紹介してくれたわけです。それで酒屋さんの小売の組合に行くわけですね。行くと、もうそれが大正生まれの方々がいらっしゃって、いわゆる酒屋の長老の方々がいらっしゃるわけです。

車座になっているその真ん中に「ここに座れ」と言われまして、座りますと「何でわしらに黙ってこんな事をはじめたんだ」と言われたんですが、私が「恥ずかしながら酒の小売業の組合があることすら知らずに始めてしまいました。でもいいものを作るというほうは自分は自信があるし、いいものは作っていきたいので、ぜひ扱っていただきたい」と訴えまして、まあ他意があって酒屋さんの組合をないがしろに計画したわけでもないし、計画段階で酒屋さんの組合に行っても取り扱うという約束が出来たわけではないと、まあ誤解が解けまして、「みなさん、よござんすな」という感じで受け入れてもらえまして酒屋さんのバックアップを受けられることになったんです。

しかし、それでも条件を二つ出されまして、ひとつはディスカウントには出さないで下さいと。まあ、独禁法には明らかに抵触する話なんですが価格を守って売らせて欲しいと。それは私のほうとしてもある程度浸透するまでは決して悪い話ではないんで、酒屋さんのいう通りにディスカウントには出さないようにしようと。

で、もうひとつが、飲食店さん、居酒屋さんとか料理屋さんとか、に出す時には必ず酒屋を通すこと。そういう事ではんこをもらっていた飲食店にも全てには出せないということになったわけです。

だからと言って組合が決めたからその傘下の酒屋さんがすべて取ってくれるわけではなくて、中には派閥みたいなものもあって四分の一ぐらいの酒屋さんが扱ってくれることになりました。

あとの四分の三の酒屋さんとの取引がある飲食店さんっていうのは入れたくても入らないですね。うちから直接っていう話もあるんですが、そうすると酒屋さんの組合がそっぽを向いてしまうと。ですから取引のある酒屋さんを説得して扱ってもらわないと取引できない。

ホントにうさぎと亀でいう亀のような営業しか出来なくて、飲食店さんから話があって酒屋さんに連絡をいれても酒屋さんが渋っちゃうんですよ。なぜ渋るかについては、景気が悪いということにいろいろな考え方をするみたいで、「この時期に新しい商品を扱うことで在庫を増やしたくない」と、割と消極的な考えの方がいるんです。

それとあと、私は従業員を雇っては今の小売320円で出しているんですがその価格を到底維持できないと。全然高いお金になってしまうので雇えない。また、自分と家内とおふくろに手伝ってもらえば出来てしまうんですが、自分たちが頑張れば出来るのに人を入れるっていうことは単に楽をしようということになるので、それで価格が跳ね上がってしまうということは許されないと、自分たちが努力をして価格が押さえられるんであればそうしたいと。

そういう事もあって、これまたバカと言われるかもしれないんですが、作ることに専念せざるを得ないので、配達が出来ないと。そういう訳で「どうしても配達をしてください」というところにはするんですが、「出来るだけ酒屋さんには工場に取りに来てください」と、そんなトンでもない事を私は提案をしてしまったわけなんですね。

事情からいうと、このような小さな工場で、作るのに忙しくて、また、ビンに詰めるのもオートメーション化された機械が買えるわけではなくて、1本1本手作業で詰めているわけで、ラベルも1本1本手で貼っているんですと。そうなると物理的に身体が忙しくて届に行きたいんですけれどもいけませんと。そのかわり、どうしても届けてくれっていうところもあるんで、届けた場合と取りに来てくれた場合とでは価格に差を付けますよと。そういう値段設定をして酒屋さんにお願いをしました。

そうしたところ、「こりゃしょうがねえな」と。しかし考えようによってはですね、今まで酒屋さんが店で座っていると問屋さんが来て、あるいはメーカーの人が来て、手取り足取りこれを売ってくださいあれを売ってくださいと言ってくると。で、「売りたければそこに並べていきな」と。そういう価格競争も全くない、そういう中で税務署も非常に珍重するような収入を上げて来ていたわけです。ですが今、ディスカウントですとかスーパーとかが出来て、どうも座っているだけでは収入が落ちていってしまうと。
どうしようかなと思っていると。

そしたら「なんだこうやって座っているんじゃなくて取りに行ったら安く仕入れられるのか」と。これはいいやと思ってくださった方もいるわけです。そうやって喜んで取りに来てくださる酒屋さんも全体の1割ぐらい、10軒に1軒ぐらいあってですね、そういう酒屋さんはもうすごい勢いで売るんですよ。自分で取りに来ているわけですから。

酒屋さんともあろうお方が自分で取りに来ると、そうして仕入れたものですから大事というか一生懸命売ると。そしてまた利幅があるんですよ。他のビールに比べて。

そういう店ですから私のビールがキッカケでお客さんとコミュニケーションが増えるわけです。それによって、ほかの例えばパンとかそういう商品も売っているんです。ふつうはスーパーとかで買ってしまう商品も、話の流れでそこで買うようになると。そうやって売上を伸ばされたというありがたい酒屋さんもいるんで、ホントはどの酒屋さんにもそうやってプラスに持っていける機会はあったはずなんですが、本質的にそういう発想をされる方は非常に少ないなと。

そうしてなんとかかんとか酒屋さんに商品が出回り始めたんです。
ただ、本当に速度が遅いんですよね。八千代市っていうのは今だにたぬきが出るような田舎で、ホントに小さな酒屋さんがおおいんです。酒屋さんの組合にに紹介された事によって30軒ほどにはパーっと広がったんですがそのあとが遅くて広がっていかない。

(3)ラベル
自分としても営業に行くという時間がなかなかとれずに、これは計画が甘かったという事になるんですが、本当に一本一本手作業で詰めるという機械しか買えなかったものですから、それにものすごく時間を取られまして。あと、ラベルも手で貼っていたんですよ。

最初にラベルの事も良く知らないで始めちゃって、デザイン会社があって、デザインは非常に安くやってもらったんですが、この会社がラベルの手配もしたと。

で、「ビールですから剥がれないように気を遣ってくれ」というのは再三申し入れてあったんですが、そこが結構安易に考えていて、冷凍食品に使っているものと同じラベルだからいいと。いいかげんな太鼓判を押して10万枚も実は作ってしまったんです。それぐらい作らないと単価が安くならなかったものですから。

で、作っちゃって、それがですね、ビールっていうのは結露が激しくてですね、冷凍食品っていうのは冷凍になっていますから水じゃないんですよね。それがビールは水がもろに付きますから、カンタンに剥がれちゃうんですよ。

手でこうやって一枚一枚貼っていたんですが、貼って置いておくと次の日にはペロンとはがれてしまう。ですから詰める前に貼り直して、出荷の前にまた貼り直してやっていたんですが、そういう剥がれるようなバカなラベルは酒屋さんも見た事が無いんで。それが実は紙が耐水性の紙ではなかったんで、紙が水を吸ってしわが寄ったり剥がれたりしたんですが、「しょうがないよね」って事で「これは手作業でやっているんですから」と。

その時も酒屋さんによっては「これは手作業のシルシ」と売り込んでいったという酒屋さんもいるんですが、「こんなもん売れねえよ」と言って突き返してくる酒屋さんもいて、「すぐに取りに来い」と。

そういう時はびんづめの最中で、「ここで一回中断すると次ぎ動かすのにまた立ち上げだなんだかんだで、夜の12時か1時に終わる作業が2時、3時になっちゃうなっていう事があったんですが、引き取りに行ってですね、剥がれちゃうのを一本一本貼りに行くとか、一本だけ引き取りに行ったりとかっていうことも最初してたものですから非常に効率が悪かったんです。まあ、それはそれというのも知識が無かったからしょうがない。ラベルというものについて知らなかったというだけなんですけれども。

そうしてその後紙についていろんな候補が上がって来て、確実に貼れるという新しいものが出来あがって、10万枚のうちの9万5千枚は破棄して、新しいラベルに切り替えると。そういう非常に苦い思い出があります。

(4)品切れ
まあ、ラベル問題はそうやって数ヶ月後に良くなったんですけれども、そうやってやってて3月から始まって最初の3・4・5月はそんな状況だったんで、注文に間に合わなかったんですね。もう品切れを出してしまうくらい。それでも損益分岐点には届いていなくて、その当時の損益分岐点は月に1万5千本ぐらい売ればというラインだったんですが、1万本作るのがやっとだったんです。

ですからいろいろな引き合いをいただいていながらも、どうしても受けられないものがあると。それでも前日に注文を受けた分に関してはどうしても出したかったんで、徹夜して出した事もあったし、午前4時までとか3時までとか、そんなのはザラだったんですが、そうやって作っていました。

それで、「これではどうにも間に合わない」という事がわかって、「これでは夏の6月7月8月には死んでしまう」と。でも死んだらビールは出来ませんからしょうがないと思いまして、もうちょっとまともに詰められる機械を買わなければいけないと。

それで借金が必要だったんで、銀行に行きました。貸し渋りとか言われてましたんで少し心配していたんですけれども、銀行にとってはたいした額じゃないという事もあってか、すぐに貸してくれまして、それで一本ずつではなくて4本同時に詰められて、なおかつ早くて、しかも打栓まで…王冠をするところまである程度オートマチックに出来る機械を発注しまして、それが7月の初めに間に合って、それで醸造量が上がったんです。7月は瞬間風速で1万5千本まで行きまして、損益分岐点を越えまして単月で黒字になったんです。

(5)一転、売れない
それでも響いたのは、4・5・6月、そして7月はホント機械が来たばっかりで完全稼動できなかった事もあって、いろいろ注文があったのを断ってしまったところが沢山あったんです。扱いたいっていうところが沢山あったんですが、すでに扱ってくれているお客さんのところへの供給で精一杯だったんで、断っていたんです。

ところが8月のお盆を過ぎるとビールっていうのはパタンと売れなくなってしまうんですね。信じられないくらいにパタンと来ました。酒屋さんはもう、そういうものだと思っているんですね。冷蔵庫に並べるものも限ってしまう。コンビニさんとかも夏場例えば6種類だったものをお盆が過ぎたら4種類・3種類と減らしていってしまうんです。

そうなると真っ先に抹消されてしまう。ようやく8月になって機械もフル稼動できるようになって、2万本ぐらいは楽に作れるぞってなった時に、お客さんのほうがサーって引いていってしまう。そんな事実がありました。その後も9月・10月・11月と寒くなればなるほど、ビールの消費っていうのは落ち込んでいってしまう。それでその間やりたくても出来なかった事とかもあったんで、その作業とか費やされて相変わらず営業とかは回れなかったんです。

そうして11月になりますと出荷量はピーク時の半分ぐらいになっていて、累積赤字もどんどん大きくなっていく。それでナントカしなくては行けないということで、まあするんですが。

(6)低温殺菌
それは一体何かと言いますと、まず酒屋さんが扱えない理由って言いますのは賞味期限です。

低温殺菌とかっていう装置が無いものですから、かといって大手さんのビールっていうのは、あれは言葉では生って書いてありますがマイクロフィルターの1ミクロン以下のやつで酵母を全部取り除いてしまっているわけです。殺菌ではなくて除去をしてしまうと。そういう除菌の方法をすると大きい分子、一番取り除かれるのはホップのかす、その次はでんぷん質の大きい分子、それから蛋白質の大きい分子、そういった味のある成分がダーっと取られちゃうんです。そうするとますます味の無いビールになると。それで大手さんの「すっきりのどごし」という宣伝にますますはまってですね、味が無くなっちゃう。クラフトビールを作るメーカーとしてはそういうフィルターは使えない。

生ビールっていう言葉は実は日本にしかなくて、ドラフトビールっていうのはヨーロッパでは樽から出すという意味で低温殺菌をしていてもドラフトはドラフトです。

逆に低温殺菌も全然しなくて酵母が生きたまま出すビールっていうのも沢山あるんですが、ビンに入れたものはドラフトとは絶対に呼ばないわけです。ボトルドといいます。生であるか生でないかは日本のビールメーカーが日本酒と照らし合わせてイメージ的に作った宣伝文句なんです。

ですからビールの美味しさっていうのは低温殺菌してあるかどうかには100%は左右されないんです。本当は低温殺菌して売るのがイチバンいいんです。ヨーロッパの美味しいビールなんかもほとんどそうしているんです。

我々のような小さなビール屋がそれをしないのは、まず低温殺菌の小さい地ビール用の機械っていうのが、大体2千万円ぐらいするんです。だいたいヨーロッパの業者に支払うお金ってのが1800万円ぐらい。私なんかですといつも直接買っているんでプラス輸送費ぐらいでいいんです。

けれども一般では商社とかを通してしまっているんですが、訳の分からない機械なもんですから、輸送の保険に倍額、100%かけてしまうとか、メンテナンスとか扱いもわからないもんですから向こうの技術者を3回か4回呼んでしまうと3千万円から4千万円になってしまうものなんです。ですから我々の規模では入れても投資の回収は難しいという事もあるし。

それと非常にでかいんですよね。
幅が2メートル、高さが2メートル、長さが4メートルとかありまして、非常にでかいと。ですから我々のような小さな地ビールメーカーの工場には入らないと。それで我々小さなビールメーカーのビールは酵母が生きたままで売っているところが非常に多いんです。

ただ、それでは賞味期限が非常に短いという事と、どんなに酒屋さんに「これは酵母が本当に生きている生ビールなんですよ」と言っても、「生ビールならこっちは何十年も扱ってるんだから」と言って、「冷蔵庫に入れろ」と言っても「平気なんだよこれは2・3日置いておいても」と言って外に置いてしまったりする。随分わかってくれているかなという酒屋さんでも、行って飲んでみますと「3週間でこんなに味が変ってしまったのか」と。どんな保存の仕方をしたんだろうなという事があります。

酒屋もそれがわかってきますと、冷蔵庫もこれだけしかないし、賞味期限でもがたがた言われるんではと、そんなビールはイヤだとなってしまいます。さらに飲食店さんも「えっ、冷蔵庫に入れなくちゃいけないのか」となって、冷蔵庫のスペースは限られていますから、「それは大変だな」という事になって「冷蔵庫に入れなくちゃいけないんなら取れませんよ」となってしまったり、取っても「3本ずつ持ってこい」とか「5本持ってこい」とかってなってしまって、そうすると今度は酒屋さんが嫌になってしまうんですよね。で、どんどん扱いが減って来てしまう。

(7)ビンのリサイクル
あとさらにビンの問題もありまして、実際には資源ごみというカタチで回収されているんで、粉々に砕かれてガラス資源として使われてはいるんですが、やっぱりリサイクルという言葉のイメージからはビンのまま再利用した方がいいんじゃないかという話もある。まあ、酒屋にしても飲食店さんにしてもビンを持っていってくれないっていうのは面倒くさいわけですよね。

私のほうにはそれを引き取れない理由がありまして、まずそういう汚れたビンっていうのは、食品衛生上汚いものなので、法律では我々食品工場では完全に仕切られた別の部屋か別棟が無いと置いてはいけませんと。で、ぎりぎりの場所でやっていますからそんな部屋を作る余裕は全然無いんです。物理的に受け入れられない。でも「リサイクルすれば」っていうお勧めがあるんで、今でもリサイクル業者、洗ビン業者とも話をしてるんですが、あれはほとんどが輸送コストになってしまうと。

トラックがやって来て一杯にビンを積んで、それを洗って、またトラック一杯に積んで持って来て使うんだったらいいよと。っていうのは私は新しいビンを29円で買っているんですが、ちょっとずつの数を回収して集めてやっていたら新ビンよりも全然高くなってしまうと。35円とか39円とか。そんな値段じゃないとできませんよと。そうでなくてもビン代は高いなあと思っていて、利益も圧迫されていたもんですから、それ以上に高いリサイクルビンは使えないと。

まあ、コスト的に無理があるんで、ワンウエイですと言って割り切ってやっているわけです。ですからこのビンの処理が面倒くさいというのとどうしても生であるっていう事がネックになっている。

(8)新商品
あともう一つ、当時1種類しか作っていなかったんです。
いろいろ作ると物が間に合わないとか、そういった状況がありますから。今週はこっちのビールを作って来週はこっちのビールを作ってというわけには行かないですから一種類しか作らないと。

で、最初のビールは非常にマイルドなもので、極端な熱狂的なフアンがいる一方で、あまり好きじゃないという人もいて、そうなるとフアン層が特定の人種に偏ってしまうんで、「何かオタクのビールは女の人は飲むんだけど、うちは男性客が多いんで飲まないんだよ」なんていう声もありまして、1種類しかないっていうのもネックになっていたと。

で、そこで種類も最低2種類に増やす。今までの非常にマイルドなビール。ビールがキライだとか苦手だと言っていた人でも飲めるビール。と、それに対して今度は「ビールが好きなんだけど物足りないんだ」と、「もうちょっとガツンと来るビールは無いのか」と、そういう人向けのも作らなくちゃいけないと。

ということで、そのビールを開発する事と、何とか低温殺菌が出来ないかと。こういう理由で出来ませんよと酒屋さんにも「なるほどなあ」と同情してもらう事はカンタンなんですが、何とかその壁を破らないと相手も他人ですから、「しょうがないなあ、金が無くて場所も無いんじゃ」っていうそれだけでは売上は伸びないと。

(9)風呂桶
低温殺菌のでっかい装置ってのは、ビールがベルトコンベアで入って行って、ダーってスチームがかかって、吸熱して、それを次の部屋で水のシャワーで冷やして出るっていう、そういうタイプのものなんですけれども、そんな大袈裟の物でなくても、日本酒なんかではやってるんですが、湯せんって言ってお風呂に浸けちゃう方法ですね、63℃で何分とかそういう風に暖めると、そういうカタチであれば風呂桶を改造すればナントカできるんではないかなと、寒くなってから悩んでいたわけです。

9月・10月と考えて、その風呂桶を使った方法でやろうと設計に着手して、またバッタ屋に行きまして、「浴槽の余ってるの無いですか」と歩いたんですよ。そうこうして、さらにその時にどういう風にお湯を流して、お湯でやった場合の温度プロファイルで、どんな感じで処理して行くのがイチバンいいのかと、スチームの場合っていうのはデータがあったんですがお湯の場合っていうのがあまりデータがあまり無かったと。

それで学会情報なんかもいろいろ調べて行くうちに、アメリカのアンハイザーブッシュっていう、バドワイザーを作っているメーカーのカナダの研究所がちょうどそれと同じ研究をやって学会に報告しましたと。まあ彼らによると、今までのスチーム方式に比べるとムラが無くて非常に効率がいい、それで確実性の高い低温殺菌法だと。
非常に自慢気に学会に報告したと。

で、すぐにそれを取ってですね、見ますと温度プロファイルとかが全部出てるわけなんですよ。どういう風にやったかとかも。それで「これはスゴイ」と。「じゃあ、こういう感じでお湯を流して行ければいいんだな」と。「あとは風呂釜か」と。もうますます意欲をかきたてながら、風呂釜を作ろうと思ったんですけれども、そのお湯の流れをちょっと知っておきたかったもんですから、カナダの研究所に問合せをしたんですよ。

そうしましたら「カンタンなもんですよ」っていう答えが返って来て、「それ、どうやって作ったの」と聞きましたら、まあ、あるカナダのメーカーに作らせたと。で、「どこのメーカー?」と聞きますと、驚くべきことにですね、私がタンクを作らせたメーカーだったんです。大きさもちょうどこの会場ぐらいの大きさの小さな町工場みたいな会社です。で、彼らがアンハイザーブッシュの低温殺菌の実験装置を作ったと。

で、私はもうビックリしましてね、私はカナダのその会社にも行ってましたしね、そこの会社の社長とその会社の従業員も少ないんでみんな知っているような感じだったんですが、「オイ、ジョン、お前んとこで作ったのか」と。「それじゃ、いくらで作った」と聞きましたら、120万円ぐらいなんですよ。そのぐらいで作ったと。

それで、そこの会社とアンハイザーブッシュと、私とで話をしまして、アンハイザーブッシュに「同じ仕様で、大きさだけちょっとうちの工場に合わせて、同じテクノロジーを使ったものを作っていいか」とお願いしたところ、まあ、結果的に「いいです」と。「全くコピーでもなんでも作ってくれ」と。非常に気前のいい返事をいただきました。まあ、背景にはうちが非常に弱小であるということと、彼らにして見れば所詮は実験装置という事ですからコマーシャルベースという考えじゃないんですね。あと、まあ、研究所の人は非常に大らかであるということと学会で発表もしたものであると。あとモノを見ればですね、そんなスゴイハイテクがあるわけじゃなくて、風呂釜にお湯が循環しているだけのものですからね。で、あとは実際にビンの中に温度センサーを入れて、実温を計測して行くと。

で、OKが出てしまいまして、120万円で作ってもらって、輸送とかは原材料と一緒に運んだほうが安かったもんですから、トータル150万円ぐらいでその装置を手に入れる事が出来ました。

(10)原材料
で、これで低温殺菌という非常に大きな壁を乗り越える事が出来て、非常にまあよかったと。で、あと、新しいビールを作る事に関しては130種類ぐらい作っていた、前のデータがありましたからね。

あとは原材料をコマーシャルベースとしていかに安く取るかという事でした。うちみたいなビールメーカーとしては安くて質の悪い原材料を使う事は何の意味も無い事なんですね。どうやっても高くなってしまうと。でもうちとしては大手よりももっと利幅が狭いようなものを頑張ってやってても、でも消費者から見れば高いビールです。ですから味に思いっきりのこだわりが無いと中途半端なものになってしまいますから、どうしても原材料は妥協できなかった。

で、その新商品を作る時にどうしても欲しかったのはモルトがイギリス産のもの。ホップがチェコ産のもの。で、ホップはカンタンに手に入るんですが、モルトがイギリスの有名なメーカーという事がありまして、どうやっても値が下がってこない。

都合が悪い事に日本のあるビール屋さんもそこから輸入しているわけです。日本ではお金持ちがビール屋さんやってますんで、私のような強力な値段ネゴなんかはしないわけですよ。ですから向こうにしてみれば美味しい値段でいい金を取っているわけなんです。ですから向こうは「日本にはこの値段で出しているのでお前のところだけそんな値段では絶対に出せない」というんです。

すったもんだやってもだめだった。
ですが、その値段では、前のビールが小売320円だったんですが、その値段では絶対に作れないと。320円で売るためにはどうしてももう少し下げなきゃいけないと。で、その交渉のために一回製品発表が遅れちゃったんですけれども、色々ありましてですね、

カナダのあるエージェント、まあ商社みたいなところですね。
そこがカナダでの専売権を持っていて大量にイギリスのそのメーカーからモルトを取ってるんですね。いろいろ聞きますと、当然安く仕入れているわけです。で、そこ経由で一部、ほんのちょこっとだからうちにまわしてくれと。それでカナダの会社とはうまく話がついたわけです。

でも、本当にイギリスからカナダに渡って日本へと世界一周をやらせるかっていう話になりまして、結論的には世界一周をやる事になったんですが、その前には世界一周はくだらないからヨーロッパに直接私のほうから船を手配して、直接日本へ持ってくる事を考えました。でも、そうすると船の手配主が私って事でばれちゃうと。それで、その計画が一回ボツになったりしたんです。それで結局はカナダに一回に荷物を送って、カナダの内陸を動かしてそれで日本へ持ってくると。それでも全然安いんですよ。

で、せっかくそうするんだったらチェコのホップも一回アメリカに持って来て、ホップっていうのは花びらの一部なんですけど、そのままだと効率が悪いんで、ちょっと乾燥させてパーっと粉砕して、それをペレット状に鯉のえさみたいに固めるんです。そういった状態で使うのが我々としてはイチバンいいんで、そうやって真空パックをすると。

そういう工場がアメリカにありますから、花びらみたいなホップはチェコからいったんアメリカに運んで、アメリカでそういう処理をやって真空パックに詰めると。で、そのホップとモルトを一緒のコンテナにギュって詰め込んで運べば運賃が一回分で済みます。ワンコンテナ分でいいんで非常に効率がいい。

結果的には世界一周はしてしまいましたが、その分値段も下げて加工も出来てずっと効率も良くなると。そんなことで何とか320円で押さえる事が出来ました。それで種類も1種類から2種類に増やして、低温殺菌というところもクリアしたビールがこの1月からですね、新商品として出て、おかげさまで扱いが今は倍ぐらいに広がったわけです。

(11)問屋
で、この背景にはそれによって問屋さんがうちのビールを扱える事になったということがあります。全国規模で展開している大きい問屋さん、まあ何軒か問屋さんあったんですが最終的にメインがその問屋さんなんですが、まあ、問屋さんが扱ってくれる事になって、問屋さんから出るっていうことは酒の販路としては非常に早いという事です。で、そうやってクリアしてきたんですが、最後にまだビンのリサイクルっていう解決しきれていない問題が残っていて、一般には地ビール屋さんは量が少ないっていう事があって「絶対に出来ない」ってこの業界では言われていた事なんです。そのへんも大手のビール屋さんが地ビールの解禁の時に「いいよやらせても」と言った理由だと言われるほど大きな問題なんです。

(12)ビンが集まっているところ
で、それも非常にシャクなんで、このまま終わるのは、洗ビン業者といろいろ話をしておりましたら、要はうちのビンが一ヶ所に集まっていればいいんだと。でもうちに集める事が場所的に出来ないと、いろいろ考えておりましたら、ついに見つけました。

私の出荷したビールの約半分が八千代市の家庭で消費されているんですが、皆さん「茶色いビン」っていうところに捨てるんですね。それを市が分別回収して、市のごみの処理センターに運ぶんですよ。そこに行ってみますとね、あるんですようちのビンがゴロゴロゴロって。

それで洗ビン業者さんに「ここに来てください」と。で、市のほうもそこはお役所ですから「これは市のものです」とか色々あるんですが、その辺は「市にご迷惑がかかるカタチではないしリサイクルをやろうということなので」ということで了解をいただいて、そこに洗ビン業者さんに来てピックアップいただくと。毎回1万本とは行かないんですが、3千本ぐらいはあるんでかなりコストダウンできると。それで、新ビンの29円をナントカ下まわりそうだという事になりまして、これは近々スタートできそうなんですよ。

それができればですね、うちのビンを回収して走るトラックが一台出来れば、「じゃ、ついでに、ここのでっかい取り扱いの酒屋まわって」とか、あるいは、そのトラックがビンを集めるヤードがあるんで、うちにビンを集める事が出来ないけど問屋さんがそこに持って行ってくれてもいいと、そういう事も可能になってくると。

で、その市のごみ処理センターにビンを取りに行くという事は非常に面白い発想ですねということで、これを町のローカルテレビで発表したらものすごい反響で、まず日経が首都圏経済で写真入りで取り上げたんですよ。12月なんですけど。そうしたら業界の中ではものすごい話だと、もし地ビール屋がリサイクル出来ちゃったらということで、日経産業新聞でそのまんま全国版で取り上げられてしまってですね。

私もその状況を見て後には引けない事になってしまってるんです。なんとか、近々にビンはリサイクルしてやるぞという風に思ってます。まあ、ビンに関しては未解決という事なんですが、いちおうこういうところまで来ました。

(13)反応
で、そんなことをしておりますと、着実に反応があるんですね。何とか2種類目を作りましたと、今度はこんなところから材料を持って来て作りましたと、で、皆さん値段を気にされるんですが320円そのままですと。さらに問屋さんに出したという事で、今まで酒屋さんにぎりぎりの値段で出していたんですが更に生産者価格を落としてやらないと動きませんから、落としてやっていると。

で、価格的に上げないでやれたって事はありがたいことなんです。うちに価格的な余力が無いっていうのは業界ではみんなわかってますから。うちが320円でビールを出すって発表した時にある地ビール屋の社長が「あそこの会社は本当にモルト100%でやっているのか見てこい」ってことで、そこの人がうちに見に来たぐらいですからね。「ぜったい赤字だ」って言って。

だから「赤字ですよ」と財務諸表を見せまして。で、「私は、1年ぐらいやってすぐに黒字になって、数年で投資を回収しようなんて思ってないんだ。私はこういったビールとか、こういった味わいを日本に根づかすといった事業をやってんだから、いま地ビールがブームだからとかブームのうちに回収しようとは思ってないよ。だから私がお茶漬けで1年食って行けるんだったら無給でもいいじゃないか。まあ当然ガス・電気とかが払える程度でいいじゃないか。
で、赤字も何とか耐え切れて2年目3年目でそれが何とか取り返せるという計算が出来るのであれば、その値段でやってもいいじゃないか。

それで売り始めて何の販路も無くて、2万本を売り切るというのは不可能だ。それでも1万5千本を越えないと損益分岐点を越えないような値段設定をしたのは当然1年目は赤字覚悟だ。ただ、1年間ならこの赤字分は何とか耐えて行けると。

でもうちのビールを置いて扱ってくれれば必ず定着すると。1年では広めきれないんだけれども、2年3年やって行けば、必ずそれだけ売れるだけ広めて行くんだ。

そもそも全部投げ打って、自分の金だけでは足りなくて両親の、サラリーマンだったんですけど、そのなけなしの退職金も全部つぎ込んでもらってやってるんだから。それでも足りなくて銀行から借金して、もう全部借りてマイナスでスタートして、あともっとマイナスになって、もう落ちるところなんかないんだ。いいんだ。もうどこまででも生きて行けて何とか耐えられるんならそれでいい。
それでその後も続いて行けることを前提にこの値段を設定しているんだ。」って言ったんです。

(14)できないとアウト
で、そういう風にしてやって、で、今年ですね販路を去年の倍に出来なければ、ホントにアウトです。

アウト。ホントに。銀行とかいろんな制度を利用したり、応援してもらったりしていますから、絶対去年の倍にしなくてはならない。去年と同じではアウトです。来年は今の2.5倍ぐらい出して行けば、今年から何とか黒に出来て、向こう5年から10年でゆっくり回収して行けばですね、事業にはなれる数字なんです。

事業を始めるにあたっては、「確実にこうすれば儲かる」とか、「こうやって失敗をしない」というやりかたをするんであれば、それは楽かもしれないけど、それならきっとみんながやっていると思うんですよね。だからみんながやっているって事は、大した付加価値が無いものでしかない。矛盾かもしれないけど、やっぱりそんな事業は成功しない、きっと受け入れられないでしょう。

まあ、たまたま景気が良かったからとか、たまたまブームだったからとかそういう要因があれば、そういう商売も出来ちゃうかもしれない。それで売れちゃうかもしれない。だけどそんな商売では所詮だめだろうと。

だから「いま、不況の時にそんなことをやって、最初から2年後か3年後に成功の上に更に成功を重ねてやっとプラスに転じて行くなんていう計画は無謀だ」とか何とか言われるんですけれども、確かに無謀かもしれないけれども、全部は見えていないシナリオなんだけれども「将来こうしたい」っていう強い意識っていうか、「こうありたい」姿っていうのが明確にあるから、そこに近づこうとして活動をしているわけですよね。

だから、それがもし見えていないで、こうありたいって物が見えてなければ近づきようが無いと思うんですよ。ただ、私の場合は確実にこういう風にして行きたいというものがある一方、事業としても、企業の中の財政面でも、いろいろと知らなかった事があって素人でバカだなと言われる事がいっぱい抜けててあるんですけれども、でも、そうなって行きたいっていうのがあって、逆にもしそうならなかったら乞食みたいになっちゃう。

もうホントに「そんな借金とか借りてどうなっちゃうの」という世界ですから、行くしかないんですよね。で、そこの中道みたいなものってないんですよ。自分がこうやって行きたいっていうところにベストを尽くして、とにかくそこまでは行かないと生きて行けないような企業の設定になっているんです。

だから自分としては生きて行く以上はどうしても勝ちたいと。本当に死にもの狂いでやっているような感じです。だから昨年8月後半から売上が落ちて来て、売上が半分になってきても全然忙しさっていうのは変らなくて、次の商品の準備っていうのもあったんですけれども、日々「ここをもっと何とかならないか」と考えてですね、何とか「明日とかあさっての、あるいは1ヶ月後の、その姿の現実を作って行かなければもう生きては行けないんだ」っていうそういう感じで1日1日をやってきたっていう感じがあります。

(15)12月32日
当然、おととしの12月31日で正式退社して、去年の1月1日からずぅーっと当然休みなくやって来て、「365日働くのかな」と12月に働いていてですね。ところが年賀状にですね、PR用にホームページをどうしても作らなくちゃいけないなと思っていましたので、ホームページのアドレスを印刷してしまったんです。まあ、そうやって発信でもしないと、いろいろな画面とかをチョチョっと作っていたものはあったんですが、ちゃんとアップしてみれるようにって事になると、根性入れてやらないといけないと思ってはいたんで、自分にプレッシャーをかけるためにアドレスを刷り込んだと。

そうしましたら12月31日になっちゃったんです。そうしますと、明日朝年賀状でアドレスを見ますと必ず開くヤツがいますから、1月1日の前迄に作らなきゃいけないと。それで12月31日も何とか夕方6時ぐらいまでには何とかそれ以外の仕事が終わって、それから作り始めたんですが12時を回ってしまったんですよ。回ったんだけれどもとにかくやらないと行けないという事で12月32日というものを自分で定義してですね、その32日の朝4時半頃までやってやっと出来上がったんですね。ということで去年は366日あったんですよ。まあ、それも予期せぬ出来事ではあったんですが、そんな状態で何とかやってきた1年間。それで年が明けて、低温殺菌をした新しいビールとかが出来て、それで問屋さんに乗っけて、何とか今年度の目標にはあと一歩のところまで来つつあるというところです。

サクラが終わるとビールが売れ出すシーズンなんで、ちょうどこれからですね。この1ヵ月2ヵ月ぐらいを営業に当ててですね、それからは去年よりかはまともに作れる機械が入っていますけれども作るほうに忙しくなりますから営業には出れなくなりますので、この1・2ヵ月で何とか去年の2倍売るペースを作って、来年もこの事業が続けて行けるようにしたいと思います。

まあ、そんなところが起業から現在に至る経過です。
(おわり)

本講演録は、メールマガジン "地ビール「のむのむ通信」"第84号〜第87号掲載のものを、全文引用させていただいたものです。

ビアライゼ株式会社 青井社長様、地ビール「のむのむ通信」 マイケル・トシ様のご厚意に感謝いたします。





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